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前:ある日の比呂美・豪雪編5 顔と顔を接近させると、眞一郎は自分の陰部をしゃぶっていた唇に、躊躇うことなくキスをする。 「!!」 想定外に見舞われた眞一郎の攻撃に、比呂美の心臓は肋骨の内側で跳ね回った。 自分が出した体液に口をつけることが、どれほど不快な行為であるかは容易に想像できる。 なのに…… 眞一郎はそれをしてくれた…… (……眞一郎くん……) 胸の奥が燃える、熱く燃え上がる。 ……ここがどこだろうと関係ない。 自分は今、この愛しい男と繋がりたい…… そんな牝として当然の欲求が比呂美を突き動かした。 「眞一郎くんっ!」 顔を離した眞一郎を再び押し倒そうと、比呂美は体重の全てを預け、寄りかかろうとした。 だが、正対した眞一郎の表情が、見る見るうちに面白おかしく歪んでいくのを目にし、気持ちが萎んでしまう。 「……あの……」 「う…… うええぇぇぇ……」 比呂美の口内から精液の味を受け取った眞一郎は、舌を目一杯に出して、嘔吐寸前という顔をしてみせた。 不味い、気持ち悪い、と自分の子種に罵詈雑言を浴びせてから、 呆気に取られている比呂美に向かって、「すまんっ!」と叫び土下座をする。 「……ちょ…ちょっと、何の真似??」 「こんな酷い味だったなんて知らなかったんだ。もうこんな滅茶苦茶はしない」 だから勘弁してくれ、と続けて、眞一郎は額を布団に擦りつける。 その滑稽な様子を見下ろしながら、比呂美は自分の性欲が収束していくのを感じていた。 同時に、頬を涙が濡らしていたことにも気づき、眞一郎の突拍子もない行動の意味も理解する。 (また気を遣わせちゃった…かな) 悲しくて泣いたのではない。 苦しくて泣いたのでもない。 眞一郎はそれを分かった上で、こんなピエロみたいなことをしてくれている。 油断するとすぐに、物事を大げさに捉えてしまう湯浅比呂美の心を薄めてくれる。 (ありがとね、眞一郎くん) ずっと一緒なんだから気楽に行こうぜ、と告げてくる眞一郎の後頭部に向かって、比呂美は内心でそう呟いた。 そして実際には、「じゃあ、私のも…もう舐めなくていい」とふて腐れたように言ってみる。 「えぇっ! ……いや、それは……」 跳ね起きた眞一郎は、ダメだ、それは困ると抗議の言葉を並べ始めた。 「私は《しちゃダメ》なのに、眞一郎くんは《したい》んだぁ」 悪戯っ子の余裕を取り戻した比呂美は、唇の端を吊り上げながら、また眞一郎を苛め出した。 不公平だなぁ、ずるいなぁ、と心にも無いことを言い立て、眞一郎にどうして《したい》のかを白状させようとする。 「お前、意外と根性悪かったんだな」 「嫌ならいいけど?」 もう舐めさせてあげないだけだから、とキッパリ言い切って、比呂美は満面の笑みを見せる。 敵わないと悟った眞一郎は、刹那の躊躇いを見せてから、恥ずかしそうに口を開いた。 「……舐めてる時の……お前の悶えてる姿を見るのが…好き……なんだよっ!……」 男の意地なのか、最後の方だけは語気を強めて、眞一郎は告白をする。 好きな女が気持ち良くなってるのを見て、満足したらおかしいか! その控えめな叫びを室内に響かせると、眞一郎は真っ赤に脹れた顔を俯けた。 「ううん……おかしくない。 ……嬉しいよ」 伏せられた視線を追いかけるように、比呂美の顔が回り込む。 「……比呂美…」 目の前に接近してきた表情は、真剣なものだった。 ふざけた気持ちなど微塵も無い、相手の心を想いやる顔。 「私もね…… 同じ」 そう柔らかに呟くと、比呂美は身体を眞一郎の胸元へと滑り込ませた。 次:ある日の比呂美・豪雪編7
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竹林のトンネルを抜けて比呂美のアパートへと辿り着いたとき、眞一郎の全身はずぶ濡れになっていた。 家を出たときに持ち出した傘は既に風で飛ばされ、眞一郎は嵐の中を雨具無しで駆け抜けてきたのだ。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 乱れた呼吸を整えながら、二階の窓を見上げる。 目的の場所……比呂美の部屋だけが、淡い明かりを灯していた。 その暖かな光を目にして、雨粒のせいで〈しかめっ面〉だった表情が緩んでいく。 「……比呂美」 思わず愛しい名を呼んでから、最後の一踏ん張り。 疲れの溜まった両脚を心で鞭打ち、眞一郎はまた駆け出す。 だが、建物の角……二階へ上がる階段の手前で、その脚は止まってしまった。 階段の途中……薄暗い照明の中に人影が見える。 ……誰だ?と考えるまでもない…… 決まっているではないか。 「…………」 声が出せなかった。 こちらを見据える湯浅比呂美の様子に、只ならぬモノが感じられたのだ。 「あ……あのさ……」 何か話し掛けようと試みるものの、上手く言葉が出てこない。 無表情に見つめてくる比呂美の視線も、眞一郎の思考を混乱させる。 (怒ってる……んだよな、多分……) 事ここに至って、眞一郎はようやく、己の行動の無謀さを自覚した。 〈伊勢湾台風〉並みと報道された災害の当日…それも深夜に外出するなど、冷静に考えれば正気の沙汰ではない。 何よりも、電話を切ってから自分の姿を確認するまでの数十分……比呂美がどれ程の心労に苦しめられたことか。 ちょっと考えれば分かりそうなものなのに………… 「比呂……」 口から飛び出しかけた謝罪の言葉は、比呂美が階段を下りて来る、カン、カン、という音で遮られた。 風が唸る音を突き抜けてくる、その甲高さが、場を緊張させて眞一郎の動きを止める。 雨風は全く収まる気配がなかったが、比呂美はそれに動じることなく、眞一郎に近づいていった。 二人の距離はどんどん縮まり、遂には互いの手が届く距離になる。 「……眞一郎くん」 眞一郎は口を噤み、平手打ちを覚悟して奥歯を食いしばったが、いつまで待っても衝撃は襲ってこなかった。 代わりに、温かくて力強い抱擁が眞一郎に与えられる。 そして耳朶を打つ「……よかった……」という囁き。 眞一郎の記憶が巻き戻され、比呂美が石動純と逃避行を図ったときのイメージが脳裏を埋めた。 あの時と立場を入れ替えた……今の状況。 怒っていたのに。 見つけたら引っ叩いてやろうと思っていたのに。 ……無事な姿を見たら、もう〈引き寄せる〉以外のことが考えられなくなっていた。 ……〈抱きしめる〉以外のことが考えられなくなっていた。 ……雪の発する冷気も、赤く燃えるバイクも、そして…石動乃絵の存在すらも、意識の外に飛ばしていた…… ………… 「ごめん…」 かつての比呂美と同じセリフが、口をついて飛び出す。 それ以外に、自分の思慮の浅さと愚かさを詫びる術が、眞一郎には思い浮かばなかった。 比呂美を守るとか泣かせないとか、いつも偉そうに言っているくせに、自分は一体何をしているのか…… ちゃんと判断できていれば、正しい選択は他にあったはずなのに。 (結局、独り善がりなんだ……俺は……) 二年前の麦端踊りの時だってそうだ…… 肝心なときに、自分は比呂美の気持ちを思い遣ることが出来ない。 悔しさと歯がゆさが、身体の内側に広がっていく。 (何やってんだ……俺っ!) 不甲斐ない己に眞一郎が内心で喝を入れた瞬間、比呂美は何かを感じ取り、顔を上げた。 反応して目線を絡ませた眞一郎の視界を、比呂美の澄んだ表情が埋め尽くす。 「……比…!!」 眞一郎に比呂美の名前を呟く間は与えられない。 眞一郎の口が開くよりも早く、比呂美の唇がそれを塞ぎ、漏れ出ようとする悔恨を押し戻していた。 ※
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♡情事 源氏名 情事 読み方 じょうじ 演者 杉江優篤 所属club 無所属 登場作品 ミナミPREMIUM 【キャッチコピー】 磨き上げられた肉体で迫る、ワイルド紳士!(ミナミ) ハマると最後、クセだらけの曲者ホスト!(PREMIUM) 珠輝は血の繋がった弟 蛭田が経営していたホストクラブから売上金を持って逃走した過去がある 夢・ジャネットのマネージャーをしており、彼女に好意を寄せている PREMIUM ミナミ 登場人物
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耳元で突如鳴り響いた電子音に反応し、浅い眠りに落ちていた黒部朋与の身体は、びくりと縮こまった。 (……やべ……マナーにしとくの忘れてた) 脳内で数時間前の自分を罵倒しつつ、薄目を開けて送信してきた相手を確認する。 あさみか美紀子なら無視するのだが、液晶画面が表示した名前は、朋与に再びの睡眠を許さなかった。 身体を起こすと、腹の上で寝ていた飼い猫のボーが「にゃっ!」と抗議の声を上げたが、構わずに通話ボタンを押す。 「比呂美…… いま何時か知ってる?」 緊急事態なのは何となく察しがつくが、朋与はわざと軽口を叩いてみせた。 こちらも固い口調で話し掛ければ、張り詰めているであろう比呂美の心を、さらに追い込んでしまうかもしれない。 《どうしよう…… ねぇ朋与、どうしたらいい?》 事態は予想を越えて酷そうだ。 比呂美はかなり慌てている。 眞一郎と何か…… いや、眞一郎『に』何かあったか? 「そうね。 まずは一回深呼吸しなよ」 助言を求めてくるということは、『今の自分には冷静な判断が出来ない』という自覚はあるようだ。 なら、話しようはある。 朋与は比呂美をなだめ、状況を訊き出しに掛かった。 ………… ………… 慌てふためいてはいたが、比呂美の説明は理路整然としていて、状況は大体つかむ事が出来た。 それにしても、この台風の真っ只中に外へ飛び出すとは…… 仲上眞一郎……見込んだだけのことはある。 《眞一郎くんの身に何かあったら……》 高波にさらわれたらどうしよう…… 何かが飛ばされてきて眞一郎に当たったらどうしよう…… 比呂美の口から湧いて出る悲惨な未来予想を、朋与は右から左へと聞き流した。 可能性はゼロではないだろうが、眞一郎が『その程度の災難』を撥ね退けられないはずはない。 比呂美の元へ行くと決めたら、たとえ死体になっても辿り着く。 眞一郎はそんな男だ。 それよりも心配なのは………… 《私、やっぱり迎えに行く》 予見された比呂美の言葉を耳にし、朋与は心の中で思わず「ほら来た」と呟いた。 心の容量が溢れ気味になると身体が暴走を始めて止まらない。 湯浅比呂美の悪い癖である。 「比呂美。 もう一回深呼吸してから、私の話をよく聞いて」 ここで比呂美を止めるのが自分の役割なんだろうな、と今更ながらに自覚しながら、朋与は話しはじめた。 仲上の家から比呂美のアパートまでは、通常なら十五分程度、雨風を計算しても三十分掛からずに辿り着けるということ。 眞一郎も丸っきりの馬鹿ではないので、海岸線のような危険なルートは通らないだろうということ。 その他、比呂美を安心させる好材料を全て聞かせてから、最後に動揺を鎮めるため、言葉で強烈な平手打ちを見舞う。 「もし行き違いになったら、仲上君きっと捜しに戻るよ。 そしたらかえって危ない」 《! …………》 返事をしないということは、理解し、納得して気持ちが落ち着いたのだろう。 朋与はふっと軽い嘆息を漏らしながら、「何か温かい飲み物と、大き目のタオルを用意して待ってなさい」と付け加えた。 それを聞いて、比呂美が僅かな間をおいてから口を開く。 《……ありがとう、朋与。 ごめんね、こんな時間に》 「別にいいよ。 ……あのさ、比呂美……」 ……頼りにしてくれて……真っ先に相談してくれて……嬉しい…… そのセリフは、さすがに照れ臭くて口に出来なかった。 それに今は、それどころではない。 朋与は「絶対に大丈夫だから」と念を押し、それに答える比呂美の力強い声を確認してから携帯を切った。 ………… 「ふ~っ、やれやれ」 ひとりごちてベッドに仰向けになると、ボーが再び腹の上に乗ってきた。 「にゃ~ん」と鳴きながら顔を覗き込んでくるボーは、《本当はアイツが心配なんだろ?》と言っている気がする。 「大丈夫よ。 比呂美の想いが……眞一郎を守るわ」 冗談などではなく、朋与は本心からそう思っていた。 想う心は力になって、愛する人を守る……そう信じていた。 (だから、私の仕事はここまで……) 内心でそう結ぶと、急に眠気が襲い掛かってきて、大きなあくびが口から飛び出してくる。 朋与はボーを胸元に引き寄せて抱きしめると、そのまま瞼を閉じ、強さを増す風の音を聞きながら眠りについた。 ※
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【作品名】true tears OP 【曲名】リフレクティア 【歌手】eufonius 【ジャンル】サウンドトラック 【価格】¥200 □■iTMS■□ 【作品名】true tears ED 【曲名】セカイノナミダ 【歌手】結城アイラ 【ジャンル】サウンドトラック 【価格】¥200 □■iTMS■□ 【作品名】true tears 挿入歌 【曲名】涙の記憶 【歌手】eufonius 【ジャンル】アニメ 【価格】¥200 □■iTMS■□ 【作品名】true tearsイメージソング集 【アルバム名】Tears...for truth 【ジャンル】サウンドトラック 【曲数】10曲 【価格】¥200均一(アルバム価格¥2,000) □■iTMS■□ 【作品名】true tears キャラクターソング 湯浅比呂美 【曲名】雨の夜 虹の朝 【歌手】湯浅比呂美(名塚佳織) 【ジャンル】サウンドトラック 【価格】¥200 □■iTMS■□ 【作品名】true tears イメージミニアルバム 【アルバム名】~Nostalgic Arietta~ 【ジャンル】アニメ 【曲数】5曲 【価格】¥200均一(アルバム価格¥1,000) □■iTMS■□ 【アルバム名】プリズム・サイン 【ジャンル】アニメ 【曲数】2曲 【価格】¥200均一(アルバム価格¥400) □■iTMS■□
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【わかるな、眞一郎】 比呂美のバイト その13 「比呂美!」 眞一郎が走り寄り、10歩ほどの位置で止まった。 「眞一郎くん…」 比呂美はその姿を見てハッとし、目を伏せた。石動純と一緒にいる所は、ど うもあまり見られたくはなかったらしい。 「あのさ…」 眞一郎が近づこうとした所で、比呂美が言った。 「何でもないから。4番はちょっと用事があって、伝えにきてくれただけで…」 少し慌てたその言葉は、今の眞一郎の耳には言い訳めいて聞こえていた。 (4番…だと…?) 態度には表さないが、石動純は甚大な精神的ショックを受けていた。 4番である、4番。石動さんでも純くんでも、乃絵のお兄さんでもなく、4 番。いくらなんでもそれはないだろう。 純は、有体に言ってよくモテた。言い寄って来る同年代の女の子には不自由 した事がなく、乃絵に抱いた禁断の想いと性欲を、それらを適度につまむ事で 発散してきたほどだ。 そのせいで、『女なんてこんなもの』という屈折した、侮蔑のような感情を 育ててしまってもいた。彼にとって、大事にすべき女性は乃絵だけだった。他 の女性はどうでも良かったからだ。 その自分に対して「4番」である。 何度かデートもし、仮にも付き合ったとされる間柄だというのに。今までに 経験した事のない、酷い扱いであった。 (この女…) 考えてみれば、湯浅比呂美は自分の事を一度たりとも名前で呼んだ事はなか った。いつも『あなた』だった。もちろん親愛のこもった『あなた』ではない。 距離のある他人に対する呼び方でしかなかった。 だが、湯浅比呂美に対して、彼は悪い感情は持っていなかった。それどころ か、一種の敬意のようなものまで抱いていた。 彼女は全てを見抜き、この自分に対して叱咤したのだ。「あなたが好きなの は私じゃない」と。 あの言葉は痛かった。全ての仮面が剥がされ、口説きの技術も無効化され、 純は自分に向き合う以外になくなった。その結果は玉砕だったが、少なくとも 積年の想いに決着はつけられた。 だからこそ彼は、それを投げ掛けた湯浅比呂美に敬意を持ったのである。こ れは同年代の女の子の中では初めての事だった。 それゆえに、「4番」扱いが余計にショックだったのだ。彼女の中に、自分 が一片たりとも残っていないと感じさせる言葉であったから。 ある意味、女の子から好意を寄せられるのに慣れきっていただけに、余計に ショックが大きくなっている。それは驕りなのだが、その事を素直に認められ るほど、彼は大人でもなかった。 カチンと来た純は、密かな憤りをもって眞一郎を見た。 この男には別の意味で複雑な感情を持っていた。(その大半が自分にも責任 のある事だという自覚はある上で)乃絵を弄んだ男に対して、単純な好意をも てるはずがなかった。もっとも、乃絵と上手くいったらいったで、強烈な嫉妬 に身を焦がす事になっていたのだが。 石動純は、2人の間に少しだけ毒を混ぜてみる事にした。無論、八つ当たり と承知の上で。 「俺は湯浅比呂美と二人で話しにきたんだ。お前は呼んでない」 純は、比呂美と眞一郎の間に体を割り込ませ、少しぶっきらぼうに言った。 仲上眞一郎が、他の一般的な男子生徒のように自分にコンプレックスを感じ ているならば、これは諍いの種になるかもしれない。さすがに二人が別れる事 まではないだろうが、ささやかな意趣返しにはなるだろう。 「邪魔だ」 朋与と比呂美の顔が真っ青になった。 眞一郎は純に気圧され、一歩退いた。 比呂美を見る。彼女は青い顔で口を小さく開け、呆然としていた。 (逃げちゃだめだ…) 眞一郎は、心の中で自分を叱咤した。ここで逃げたら、自分の意地と誇りが 砕けてしまう。比呂美への想いが嘘になってしまう。絶対にひいてはいけなか った。 「比呂美は」 眞一郎は小さく言った。 気圧されている眞一郎を見て、石動純は、僅かにニヤリとした笑いを浮かべ た。自分の勝ちだ。せいぜい、疑って、喧嘩でもしてくれ。 「比呂美は…」 もう一度言う。 「なんだ?」 純の顔には、見下ろしたような表情が表れていた。 それは半ば自分に向けられていたものだった。こんな男に乃絵を託そうと考 えたとは…。そういう自嘲の笑みであった。 つまり、彼は仲上眞一郎を知らなかったのだ。もちろん、眞一郎の中にある、 彼の芯についても。 眞一郎の行動は予想を裏切った。彼は4番の目を正面から見据え、怒鳴った。 「比呂美は俺の女だ! 帰れッ!」 (おい、待てよ…) 全てのコトが終わって初めて、石動純は仲上眞一郎という人間を『認める』 事になった。仲上眞一郎がこれほど芯のある男だったとは。 これを乃絵に発揮してくれていたならば、何も言う事はなかったのに。だが、 それは済んだ事であり、もう戻らない。 大失敗したせいで、この場所には、もはや自分の居場所はなかった。 「…わかった」 石動純は、両手を降参の形で上げ、振り返らずに去って行った。 妙な事をせずに普通に話していれば、これほど立場を失う事も無かっただろ うと思うと、彼は自嘲を自分に向けざるを得ない。 そしてこの事は、これから彼を襲う悲喜劇の序章にすぎなかった。 『比呂美は俺の女だ!』 比呂美の頭のなかで、その言葉が何度も何度もこだましていた。それは今ま でに彼から聞いた、最も激しい告白だった。胸がキュンとする。息が苦しい。 時間がたつほどに、ドクン、ドクンと心臓が強く脈打ち、身体が熱くなって くる。首筋から耳まで、真っ赤になっていく。 「比呂美…」 眞一郎が比呂美に向かって歩を進めてきた。 「あの、そんな変な話じゃなくて…」 実際、話の内容は単純な連絡事項に近かった。 だが比呂美は、眞一郎が4番に何らかのコンプレックスを抱いている事に気 づいていた。だから、話している所をあまり見せたくなかったのだ。それだけ だった。 それなのに、何を思ったか4番が眞一郎を挑発して…。 が、もうそんな事は頭から吹き飛んでいた。 何か言わなきゃ、と思うのだが、逆に言葉が出ない。それは緊張のためでな く、4番への配慮でももちろんなく、激しい鼓動のせいであり、完全に血が昇 ってしまった頭のせいだ。比呂美は焦った。 「あの…」 眞一郎は、それ以上の言葉を待たず、比呂美を抱き締めた。 「ぁ…」 吐息が漏れる。体中を何かがさざなみのように駆け抜けていく。いつもそう だ。眞一郎に抱き締められると、なぜこんなに心地良いのだろう…。 「大丈夫か?」 眞一郎は聞いた。 「うん…。ごめん…」 涙が出てくる。まただ。 (私、泣き虫じゃないのに…) 泣き虫じゃないはずなのに。眞一郎はいつもこうして自分を泣かす。こうし て強く抱き締められると泣いてしまうのだ。 恥ずかしかった。が、嬉しかった。激しい鼓動は止む気配もない。身体は熱 いままで、身体の芯が疼くようだ。でも、ずっとこうしていてほしかった。 『比呂美は俺の女だ』か。 (うん、そうだよ…) 比呂美は、心の中で眞一郎の叫びに返事をした。 朋与は息を飲んでいた。身体を動かす事もできない。 初めて見る眞一郎のこの態度に、気障な4番に、真っ赤になる比呂美に目を 瞠り、一種の感動まで覚えていた。これは…ドラマだ! (すごい、仲上君ってこんな人だったんだ…) 朋与が初めて見る眞一郎である。その眼光は強く、態度も、言葉も、「男」 そのものだった。 (これなら比呂美も惚れるよね…) 普段の優柔不断な眞一郎とはまるで別人に思えた。だが、これはまぎれもな い仲上眞一郎の一面である事を、朋与も理解している。 (いいなあ…) 他人事であるはずなのに、一瞬だけ、眞一郎にポーっとなってしまった。 さすがにその気持ちはすぐに消す。比呂美の横合いから手を出すつもりは全 くないし、何よりもこれは比呂美のものだ。比呂美のためだからこそ、眞一郎 は『男』になれるのだ。そんな事はすぐわかった。 (あたしにも、こんな人がみつかるといいな) 朋与は、自分に誓った。絶対、良い恋愛をしてみせると。 だが、見惚れながら、心の中でツッコミを入れざるをえない朋与だった。 (でもこの二人、いつまで抱き合ってるんだろうね…) ◇ 朋与には囃し立てられ。神社の人々には散々冷やかされ。 仕事が終わって二人が家に帰ると、居間では両親がそろって二人の帰りを待 っていた。まだ食事の支度はされていない。いつもなら母が厨房にいるはずの 時間だったのだが。 「ただいま…」 なんだろう、と不思議に思いながら、眞一郎は自分の席についた。比呂美も それにならう。 「お疲れさま。今日で終わりね」 「二人ともよくがんばったな」 両親がねぎらいの言葉をかけた。その顔は明るかった。 眞一郎と比呂美は安心し、お互いの顔を見合った。互いの眼が『良かった』 と語っていた。 そうやって眼で語り合う二人の子供を、両親は微笑しながら見ている。もと もと強かったはずの二人の絆には、この一ヶ月弱で奇麗な形ができてきていた。 形のない関係が、形のある関係に。それはこの4人にとって、大切な変化だ った。 「どうだ、家の外で働いた感想は」 父であるヒロシが、まず声をかけた。 「色々と勉強になりました」 比呂美の答えは事実だった。短期間のバイトではあったが、家にいるだけで は知る事のできない、様々な経験ができたのだ。それだけでもプラスになった と思う。 「良い経験になったわね」 子供二人の顔には自分の労働を評価された自信が浮かんでいた。楽しいばか りでない『労働』が、少しだけ二人を大人にしている。理恵子も喜んでいるよ うだった。 「はい。…あの、おばさん」 「なに?」 「習っていた経理、役に立ちました」 そう、良かった。と理恵子は言い、すました顔でお茶を飲んだ。 おばさんらしいな、と比呂美は思う。決して誇る風ではない。 「いくらになったの?」 「ここまでのアルバイトと、今度の成人の日で、二人で18万円ほどになります」 「立派な額ね。二人の初めての共同作業よ」 比呂美の頬がうっすらと色づく。二人でやった、という事が、彼女には何よ り嬉しかったのだ。 ところで、と父親は切り出した。 「お前達には黙っていたが、実はもう石動の家とは話がついていてな」 さらりと出たヒロシの言葉は、眞一郎には驚くべきものだった。 「えっ?」 思わず声が上がる。これは、どういう事だ? 「あの、それは私から」 そこに比呂美が入った。 「おじさん、おばさん。私のかわりに弁償して下さって、ありがとうございま した」 比呂美は、深々と頭を下げた。 「あら。知っていたの?」 これは逆に理恵子が驚いたようだ。 「今日、石動の息子さんに聞かされたんです」 「じゃあ、あいつはその話をしに?」 比呂美は眞一郎の顔を見てうなずいた。 「あの事故の直後に、あちらの親御さんに会いに行ってな。迷惑をかけた事を お詫びした。バイク代も全額払ってある」 「そんな…」 つまり、自分たちがバイトを始めた頃には、すでに支払いは終わっていたと いうことになる…。 「良くできた親御さんでな。最初は丁重に断られた。『未熟な息子の起こした 事故で、自業自得だ。むしろ大切な娘さんを夜中に連れ出して危険な目にあわ せた』と、逆に謝られたよ」 ヒロシは淡々と説明する。 「だが、仲上の名にかけて、最後は折れてもらった。あちらは、しかるべき時 にご子息に話すとおっしゃっていた。だから金銭的にはもう終わっているんだ」 誇るでもなく。偉ぶるのでもなく。事務処理報告でもするような、ヒロシの 口調だった。 「石動の息子さんから、仲上家にお礼を伝えてほしいと」 比呂美は、先に知っていたせいか、動揺してはいないようだった。 「わかった」 ヒロシは伝えられた礼を受ける。 「立て替えて頂いたお金の残額については、改めて仲上家にお返しします」 比呂美の言葉を聞いて、ヒロシは笑顔でうなずいた。 「その気持ちが、大事だ」 そして、ヒロシと理恵子が目を交わす。 「比呂美ちゃん。あなたの気持ちは受け取りました。残りのお金は必要ないわ」 理恵子が言った。 「でも、それでは十分に責任を果たしていない事に」 さすがに比呂美が焦る。別に免除してもらいたいわけではない。 「今後はアルバイトの時間分、きちんと勉強しなさい。今は何万かのお金より、 学生としてすべき事に集中するほうが大切だわ」 「でも、これは元々私の問題です。仲上家に迷惑はかけてはいけないんです。 だから…」 比呂美としては、石動家にも、そして仲上家にも、借りは作りたくないのだ。 「比呂美。娘が何か問題を起こしたならば、それは家族の問題だよ」 ヒロシが遮った。 「いえ、私は…」 自分は、この家の娘ではない。比呂美はそう考えている。 ただでさえ世話になりっぱなしだというのに、このままでは頭が上がらなく なってしまう…。 「お前のご両親が存命なら同じ事をしたはずだ。それが親というものだ。違う か?」 「でも…」 実は涙が出るほど嬉しい。でも、困るのだ。それでは…。 仲上の両親が、いくら家族だと言ってくれても。自分は本当の家族ではない。 自分の家族は亡くなっているのだから。 そこに眞一郎が口をはさんだ。 「なんで先に言ってくれなかったんだ。先に言ってくれていれば…」 比呂美を働かせずに済んだし、働いていたとしても、4番のためという重さ はなくなっていたのに。 眞一郎の考えは、比呂美のシビアさとはまた違う。親を亡くした比呂美と違 い、そこはまだ16歳の少年である。両親への甘えがあり、比呂美の事しか見え ていなかった。 「お前達がこの件をどう解決するのか、見ていたんだ」 ヒロシが言った。その目は真剣だった。 「世間一般的には、運転した男の責任を重く見るかもしれない。半々と見るか もしれない。責任の押し付け合いをするでしょうね。でも、うちは仲上なのよ」 夫の言葉を受け、理恵子が続ける。 「自分のした事の責任は、自分から取るのが仲上家です。貴方達が仲上酒造を 継ぐどうかはわからない。それでも、責任から逃げる人間に仲上の姓を名乗ら せるわけにはいかない。だから、二人がどうするかを見ていたの」 バイク事故の処理は済ませた上で。子供達を計り、教えるために。 「それは比呂美にだけじゃない。お前に対してもだ。わかるな、眞一郎」 眞一郎は黙った。甘い自分の考えを恥じる。比呂美が働いて返そうと考えた 事は、正しかったのだ。 (責任か…) よく考えてみれば、自分が事故でも起こしたら、両親は必死になって相手方 に謝りに行くだろう。弁償だってするだろう。そういう親であり、そういう家 なのだった。それと同じ事を比呂美にもした。それだけといえばそれだけだ。 (本当に、比呂美を家族として扱ってくれているんだな…) それは嬉しいが、もし事故が自分だったとして、比呂美と同じように働こう としただろうか…。 眞一郎は自分の甘さと心得の悪さを認めざるを得なかった。 「比呂美ちゃん」 理恵子は比呂美をまっすぐに見た。 「はい…」 「あなたは誰にも頼らず、大きな負債を自分の力で解決しようとしたわね。合 格よ」 口元に僅かな笑みが浮かんでいる。 「おばさん…。それって」 「試してごめんなさいね。アルバイトを言い出してくれて良かった。あなたに は、仲上の姓を名乗る資格があるわ」 「おばさん…」 比呂美は理解していた。なぜあの時、眞一郎をくれると言ってくれたのか。 許してくれたのか。それは、自分が働いて責任を取る姿勢を見せていた事に応 えての事だったのだ。 そうでなければ、甘えようとしていたなら、わからない。だからこれは優し さであり、厳しさだ。まるで本当の親のような。 「眞一郎も、よく比呂美を助けて働いたな。それでいい」 さきほど厳しくは言ったが、ヒロシの眼差しは柔らかかった。 「父さん、俺は…」 そういう話なら、俺、失格しかけていたじゃないか。 「なんだ?」 「いや…」 父は気付いている。それでも、褒めてくれていた。結果として共に働いたか らだろう。やはり少し悔しかった。 (次は必ず) 眞一郎は、自分の心を叱咤した。悔しいままで終わってはならなかった。 「弁償をしておいたのにはもう一つ理由があってな。こんな事で比呂美が石動 の家に借りを作り、事故をずっと引きずってしまうのは良くないだろう」 次の問題の根を断ち切っておいた、という事だった。 「あ…」 比呂美が両手で口元を押さえた。 ただ、立て替えてくれたわけではない。 仲上の両親は、なぜ比呂美がバイトをし、なぜ全額払おうとするか。どこで 悩むかを理解した上で、それをしてくれていたのだ。 「なんで、そこまで…」 「比呂美。大切な人間を見捨てない。けっして見捨てない。それが仲上だ。ま してお前はうちの子なんだよ」 ヒロシの言葉は、比呂美の母が遠い昔にヒロシから贈られた言葉だった。そ の誓いは今でもヒロシの中で生きている。 仲上家としての考え方。仲上家としての誇り。生き方。つまりはどういう人 間であるべきか、その支柱。これは生きる姿勢の問題なのだ。 古臭い事かもしれないが、そういったものが失われつつある今だからこそ、 大切にしなければならないものだと、この両親は考えていた。 「でも…」 渋る比呂美に、理恵子が提案する。 「なら、うちの手伝いをもっとしてちょうだい。経理から料理まで、遠慮なく こき使うわ。それから眞ちゃんの勉強をこれからもきちんと見てあげて。時給 で計算したら、負債どころかお釣りが来るでしょう。それでどう?」 「はい…」 あまりの好意に、比呂美は涙が出そうだった。 (もう、好意どころじゃない…) 『嫁』としての扱いをしてくれているということなのだから。 「ところで、二人とも」 ヒロシがチラっと妻の方に視線を走らせる。 「神社の方から連絡がありました。仕事中に痴話喧嘩して、抱き合ってたんで すって?」 理恵子が引き継ぎ、おかしそうに言う。 (げっ!) 眞一郎が固まる。あの神社で何かあれば、両親に話が行くのは当然だった。 その事を今まで完全に忘れていたのだ。 さすがに声が出ない。 「ごめんなさい、私が…」 比呂美が消え入りそうな声で言った。 「気持ちはわかるが、そういう事は人目のないところでやるように」 特に怒った風でもなく、やはり淡々とヒロシが言う。 だが、真の爆弾はこの後だった。 「眞一郎」 「…はい」 すっかり意気消沈している眞一郎である。 「きちんと婚約していない女性との外泊は、絶対に認めんからな。覚えておけ」 この晩、一番厳しく響いた、父親の言葉だった。 (ああ、比呂美とセックスとかするな、って事か…) さすがに神社のアレを出されての上では、そういわれるのは仕方ない。あま りにタイミングが悪かった。 性急にコトを運ぼうとは考えてはいないし、顔に出すわけにもいかないが、 さすがにガックリと来る。 比呂美は家との繋がりが深い。比呂美の立場がただの被保護者である以上、 両親の不興を買ったらタダでは済まないのが現実である。 隠れて何かをして、見つかった時のリスクが、そこらの女の子とは比べ物に ならないのだ。こんな事を言われては、諦めるか、完全に家を出る以外になか った。 「今ここで婚約するって言ったらどうするんだよ…」 さすがに反論するわけにもいかず、ボヤくしかない眞一郎だった。 「それなら仕方がないな」 ヒロシの言葉はそれだった。 (はぁ? なんだそれ) そう心の中で突っ込んだ後、眞一郎は不思議な居心地の悪さを感じた。父、 母、比呂美、3人の視線が集中している。真剣な眼差しだった。 なんだよ…、と考えかけて、彼はその理由に気付いた。 (ちょっと待て、そういう事か?) 「眞一郎くん…」 しばらくの沈黙の後、比呂美が呼びかけてきた。 緊張で、彼女の顔も少し強ばっている。 「比呂美…。いいのか?」 「はい」 眞一郎の中にはためらいがあった。 その言葉…。比呂美へのプロポーズ。その誓いは、すでに二人だけのときに は済ませた事だ。それでも、その事を両親に言うのには、少なからず勇気が要 った。 (言うしか、ないよな) 両親の前で『婚約』してしまえば、比呂美の立場はただの被保護者ではなく なる。例えば弁償話にしても、将来の嫁であるならば、遠慮する事もない。比 呂美に正式なバックを与えてやれるのだ。 眞一郎は大きく息を吐いて、吸い、深呼吸を済ませる。 彼は二人の両親に向かって、全身の勇気を総動員して言った。 「おやじ、おふくろ。比呂美との結婚を前提とした交際を認めてくれ」 「…駄目だ」 数秒の沈黙の後、ヒロシが答えた。 「おい!」 眞一郎は転げそうになった。ここまで言わせておいて、それはないだろう…。 「今のお前に、大事な比呂美はやれん。頼りなさすぎる。婚約だけは認めてや るが、せいぜい仮免という所だな」 ヒロシは大真面目な顔で言う。声は冷静そのもの。だが、目だけは笑ってい た。 理恵子と比呂美は吹き出した。 「娘の親とは、こういうものだろう?」 3人は、やがて大きく笑い出した。眞一郎は安堵で力が抜けている。 (親父…。) 自分に力がないのは良くわかっている。その上で父は『婚約』を認めてくれ た。だからこそ、本当に力をつけて見せなくてはならない。まったく、食えな い父親だった。 比呂美は目尻に涙を貯めて笑っていた。眞一郎は本当に良かったと思う。考 えてみれば、両親の前でこんな無防備な笑顔を見せる比呂美は初めてだ。 色々とまだ、苦労しなければならない事は多い。だが眞一郎は、比呂美の笑 顔を、ついに取り戻す事ができたのだった。 「さあ、ご飯にしましょう。皆、お腹すいてるでしょう。今日はお赤飯も用意 してあるわよ」 理恵子は手を叩いた。ごはん、ごはんとせきたてる。 「なんで赤飯なんか…」 今日はなんだか、散々な目にあっている眞一郎が言った。 「あら。あなたたちが婚約した、記念の日でしょう」 理恵子の口調は、さも当然といわんばかりだ。 「だから、なんで赤飯が用意してあるんだよ!」 「わかっていたから。何かおかしい?」 比呂美の将来の義母は微笑んだ。 「…。」 (勘弁してくれ…) 父といい、母といい。地面にめりこみそうになる眞一郎だった。 「比呂美ちゃん、支度手伝って」 「はい」 女性二人は、厨房に向かった。ヒロシは脇にあった新聞を手に取る。 今までと同じに見えるが、これから仲上家の新しい歴史が始まる。 その中で、眞一郎は一人、頭を抱えていた。 未熟な彼にとって、両親という壁はまだまだ大きい。特に、父親という壁が、 今までになく大きく見えてきていた。 「眞一郎」 「なんだよ…」 父親は、この日一番大事な事を、新聞から目を上げずに伝えた。 「比呂美を大事にするんだぞ」 『比呂美のバイト』長々と付き合ってくださって、ありがとうございました。 せっかく出てきた4番は、一撃で蹴散らされ。 弁償は最初から終わっていたという…。 ひどいオチですがこれは当初の構想通りです。 ある程度成長した眞一郎(2や12での争いが向かない男→13で一喝)。 2でバイトを言い出した時の親父の反応(実は処理済みだったから)。 伏線はあったので、たぶんわかっていた人はいるかと。 父親であるヒロシは壁役として、眞一郎を鍛えようとしはじめています。 TV本編よりは、直接、眞一郎と対峙する傾向が出てきていますね。 前から「仲上家」、そのプライドについて書きたいと思っていました。 が、少し力不足ではあったようです。少し疲れたかな。 そこは少し休みを頂いて、『バイト』が頭から抜けてから 第三者視点で全体に手を入れようかなと思っています。 (ちょっと疲れましたので…) 比呂美とママンの和解 比呂美と眞一郎の『婚約』レベルでの公認 4番との完全精算(事故の事) というわけで、完全に障害がなくなりました。もう二人は自由です。 あと1回、エピローグが存在はします。一応。 13ラストがなんだか綺麗になったので、ここで終わらせてもいいのですが…。 とりあえず、無心で書いてから考えてみます。
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915 名無しさん@お腹いっぱい。 sage New! 2008/03/30(日) 16 30 34 ID YbexFfQG あれ・・・?眞一郎ってもしかして比呂美に好きとはいってないのか・・・それがなくて一足飛びでプロポーズみたいな セリフいったのか。 921 名無しさん@お腹いっぱい。 sage New! 2008/03/30(日) 16 32 39 ID 2zj54QFW 915 そのうち 「私眞一郎君から好きって言ってもらった事ない」とか言いそうだなw 気持ちは伝わっても、言葉でも聞きたいみたいな。女の子によくありがちだが 924 名無しさん@お腹いっぱい。 sage New! 2008/03/30(日) 16 34 50 ID Mcka0DYH 921 この後最初に眞一郎「が」キスしようとしたら言うねw言うよw 926 名無しさん@お腹いっぱい。 sage New! 2008/03/30(日) 16 35 52 ID ZbjsEui5 924 やべぇ・・・それ想像してたらぞくぞくしてきたw 961 名無しさん@お腹いっぱい。 sage New! 2008/03/30(日) 16 58 35 ID Mcka0DYH 926 「比呂美…」 唇がまさに重なろうというその瞬間だった。 「私…」 「ぇ…?」 「私まだ、眞一郎君に好きって言って貰った事無い」 比呂美が拗ねたように、口を尖らせるように言う。 頬を染め、眞一郎の目を真っ直ぐ見据えながら。 「ぁ…うん…」 「………」 少し驚いたような顔をしながら、曖昧な返事をする眞一郎。 比呂美は待つ。眞一郎の心が、言葉を紡ぎ出すのを。 「比呂美が好きだ。仲上眞一郎は湯浅比呂美が好きだ」 「………」 「比呂美が好きだ。仲上眞一郎は、湯浅比呂美が好きだ。仲上し…」 「好き。私も眞一郎君の事が好き…ずっと好き」 「比呂美」 二人は、唇と、心震わせる瞬間とを、静かに重ね合わせていく。 春間近、夕暮れの海岸。夕日に照らされながら。 オチはないw
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湯浅比呂美
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湯浅比呂美
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▲ファーストキス-2 ――第三幕『キスの、呪いか?』―― 愛子の店を出ると、眞一郎はすぐ左右を確認した。少しの離れた街灯の下で立っている 乃絵をすぐ見つけることができた。眞一郎は、早足で向かったが、乃絵が眞一郎が追いつ くのを待たずに歩き出したので、さらに足を急がせた。 「どこ、行くんだよ」 「防波堤」 「あそこか?」 「うん」 乃絵は、前を向いたまま答えた。 それから、眞一郎は、黙って、乃絵の後ろをついて歩いた。 乃絵の背格好は、半年前と変わりない。ただ、夏服で腕が露になっている分、少し小さ く見えたが、足取りは以前の数倍は力強いように感じられた。 乃絵も、ずっと黙っていた。さきほどまで愛子の店で気軽に話していたというのに……。 今の眞一郎と比呂美の間に、乃絵の入り込む隙間はなかった。乃絵もそれを実感してい ることだろう。なのに、眞一郎の心のどこかで、乃絵との一切の恋愛沙汰を拭いきれない のは、乃絵が比呂美とは違った大人びた部分を時折、自分に見せる所為かもしれないと眞 一郎は思った。 ……おれは、どうして、比呂美と乃絵とで接し方がこうも変わるのだろうか。 それは、おれにとってまずいことなのか? 比呂美にとってまずいことなのか? 眞一郎は、歩きながら、そういう疑問と格闘したが、頭がすっきりするような答えを導 き出せなかった。とりあえず、今は、乃絵に隙を作ってはいけないと考えた……決して信 用していないわけではなかったが。 やがて、ふたりは、交差点にさしかかった――。 比呂美がさきほど迷いからの脱却を図った場所。 そして、このふたりも、横断歩道を渡ったのだ。 比呂美は、海岸線の道をゆらゆらと進んでいた。全身を包む潮騒の律動に身を任せてい るという感じだった。夜は、海鳥たちの励ましの言葉も聞こえない。曇っていて、夜空に 語らう星たちも見えない。ただ、色のない、風と、海と、そして自分の足音が聞こえるだ けだった。 この海岸通りには、外灯が50メートルくらいの間隔で点々と灯っている。 比呂美が、寂びそう――とそれらに同情を向けても、愛情を返してくれるものは近くに 何もなかった。時折、脇をすり抜ける自動車さえも、比呂美には冷たく当たっているよう に感じられた。 交差点を渡ってからどれほど時間が経ったのだろう。冷静になって考えれば、簡単に弾 きだせるのだが、その答えを信じられなければ意味がなかった。 比呂美が見失った時間軸を引き寄せようといていると、前方の道路の海側に屋根付きの 小さい建物が目に入った。海岸線を走る路線バスの停留所だ。もうこの時間に、バスは走 ってない。あったとしても最終バスだけだろう。 やがて、比呂美はその停留所に辿り着くと、待合室の扉を開け、中に入った。そして、 心に溜まったガスを抜くように大きく鼻で息を吐くと、体の向きを180度変え、全身の 力を抜くようにベンチへすとんと腰を落とした。 室内では、潮騒の音が少し和らいだ。 さっきまでの音を一気に絞られて物足りなさを感じた比呂美は、スニーカーを少し滑ら せて、じゃりっと音を立てた――嫌な音だった。 ……さびしいよぉ。 眞一郎くんに、会いたい、会いたい、会いたい――会いたいっ…… 心の底から湧き起こる欲求に反応して比呂美の目に涙が溜まると、それは比呂美の頬を 伝わずに、一滴だけ、落下した。そして、それがコンクリートの床に達すると、ぴちっと 音を立てた。 ……もう、いやだ、いやだ、いやだ。 わたしが、わるい、わるい、わるい。 いするぎのえは、関係ない。 わたしが、わるいんだっ! 「思いっきり……泣いてやる……」 比呂美は、吐き捨てるように呟くと、顔を伏せ、肩を震わしだした。 目頭が急に炎のように熱くなり、堪えきれずに顔をしかめると、両頬に無数の涙が走っ た。そして、それらは顎の輪郭を辿って、顎先の一点に集まっていった。比呂美は、それ を右手の甲で拭って、口を付けた。淡いしょっぱさを感じた。 比呂美は、目の涙は拭わなかった。流れるだけ流れろといった感じに、目を少し開いて は閉じ、開いては閉じ、最後の一滴まで絞り出すようにその動作を繰り返した。 その度に、両頬に無数の涙の道ができた。 しばらくして、涙の噴き出す量が極端に落ちた。頬で繰り広げられてきた涙の狂乱劇も 終わりが近づいている。もういいだろう、もう充分だろう、帰る用意をしなければ。そう 思った比呂美は、大きく鼻で呼吸を繰り返した。 すーはー、とかすれた鼻息が室内にこだました。 やがて落ち着きを取り戻した比呂美は、お腹の筋肉の強張りを感じた。それに、目と、 頬と、顎もヒリヒリして冷たい。 比呂美は、ようやくジーパンのポケットからハンカチを取り出し、自分から溢れ出た情 動の跡を静かに拭った。でも、拭ってやりたくてもできないところがあった。 おもむろに、足元に目をやると、お茶をこぼしたような可愛らしい水溜りができていた。 先ほどまで、比呂美の中にあったもの――比呂美はそれを見て、ごめんね、と小さく謝っ た。 ……とにかく、眞一郎くんに謝ろう そして、今の気持ちを話そう なにも、くよくよすることなんかない…… 前向き思考に切り替えた比呂美は、勢いよく立ち上がり、待合室の外に出た。 そのとき、一台の車が、右から左へ通り過ぎた。 つられるようにヘッドライトの光を目で追うと、一瞬、二人の人影が目に入った。 目を凝らす。――若いだ男女だ。 こっちへ歩いてきている。もうすぐしたら、外灯の下を通過する。そこではっきりする。 比呂美は、無意識の内に少し後ろへ下がり、待合室の扉のそばに立った。 まもなく、二つの影が、明かりの中に突入する。 男と女。 学生服。 女は、よく知っているブルーのスカート。 麦端高校の制服。 あれは、石動乃絵。 そして……仲上眞一郎! 体の中に湧き起こる熱いものと同時に比呂美の唇が、細かく震えだした。 ……愛ちゃんの店で、会うんじゃなかったの? 帰りを送るにしたって、石動乃絵の家はこっちじゃない! 比呂美は、乃絵ではなく、眞一郎を睨みつけた。 そして、一歩前へ進むと、体をふたりへ向け仁王立ちになった。 ……わたしは、逃げない。 どういうことなのか、全部、吐かせてやる…… 唇の震えから両腕の震えへと拡大していった比呂美の体内の血流は速まった。 比呂美は、近づいてくるふたりに視線を縫いつけ、じっと待った。 比呂美と眞一郎たちの距離は、ちょうど50メートルを切ったところ。顔の表情は分か らなくても、ふたりの雰囲気が伺える距離だった。 よく目凝らして見ると、比呂美は意外なことに気づいた。ふたりが――眞一郎と乃絵が、 まったく会話をしていないことに。それは、比呂美には、とても想像しがたい光景だった。 ふたりに何があったんだろう――と比呂美が思いを巡らせていると、乃絵は、右腕を水 平に持ち上げ、海の方を指差した。ふたりは、突堤(とってい:海に突き出た格好の防波 堤)へ進路を変えた。そうなると、ふたりは比呂美の方へは来ないことになる。 道路から突堤に入るとすぐに下りの階段があるので、ふたりの姿は下の方へ移動してい き、道路の防波壁の影に隠れた。比呂美はすぐに防波壁に近づき、やや斜め下を見て、す ぐにふたりの姿を捉え直した。 ふたりは、突堤の先端に向かっている。やがて、到達して止まった。 道路から突堤の先端まで約50メートル。表情は分からないが、仕草がなんとなく分か る距離。比呂美は、突堤の根元までそろりと移動して、防波壁に身を隠した。 突堤の先端まで3メートルというところで、乃絵と眞一郎は向かい合った。乃絵が、先 端側に立っている。足を止めると、視覚ではっきりと捉えられない波の音が、四方から襲 いかかってきた。眞一郎は、それらに平衡感覚を狂わされ、黒い海へ引きずり込まれそう な錯覚に囚われた。そんな中でも、乃絵は、微動だにせず、踏ん張っていた。 眞一郎には、乃絵のその姿が、海を照らす灯台のように大きく、明るく見えた。 やがて、乃絵は、この世に別れを告げるみたいに話しだした。 「――わたしが、このことを知ったのは、たぶん、わたしに、あなたに話さなくてはいけ ない使命があるからだと思うの……」 「…………」 乃絵らしい切りだし方だな、と眞一郎は思った。 「西村先生から聞いたの、この話――。先生には、まだ、仲上君に教えるなっていわれた けど、わたしは、それは違うなと思ったの……だから……あなたに連絡したの。――聞く 覚悟はできてる?」 ……西村先生だって? その名前に首を傾げた眞一郎は、自分との接点を確認した。 西村先生というのは、眞一郎の所属するデザイン部の顧問で、父のヒロシと麦端高校の 同期であった人物である。比呂美の両親とも親しかったことを眞一郎は聞かされていた。 とういうことは、また兄妹疑惑のときのように親たちが絡んだ話なのか、と眞一郎は眉 間に皺を寄せた。 「そこまでいわれたら、もう後には戻れないだろ? おまえから電話があった時点で、も う、おれには選択の余地がなかったんじゃないのか?」 眞一郎は、少し強がってみせた。 それを感じた乃絵は、眞一郎の緊張を少しほぐすつもりで、こう返した。 「そうね……じゃあ、あなたへのお礼のつもりで話すわ」 「お礼……? ……ま、いっか。で、なんだよ?」 お礼の意味がよく分からなかったが、眞一郎はとりあえず、つづきを促した。 「ある建物のロビーにある絵を、ひとりで、見てほしいの。必ず、ひとりで」 「絵? ある建物って?」 眞一郎には、まだ、『ひとりで』というキーワードが心に引っかからなかった。 が、乃絵は構わずつづけた。 「町役場のとなりの建物。商工会館という建物だったと思うけど……」 「ああ~赤レンガのような壁の……」 この地域のほとんどの人が知っている場所で、駅へ向かう国道沿いにある建物だ。 「うん、その建物。そして……」 「ん?」 乃絵は、背中に背負った鞄を下ろし、胸の前で抱きかかえると、鞄の中から手紙らしき ものを取り出した。掌くらいの大きさの白っぽい封筒だった。 「その絵をみたら、この手紙を読んでほしいの」 といって、乃絵は、その手紙を眞一郎に手渡した。 「手紙って、西村先生の?」 乃絵は、首を横に振った。 「ちがう。これは、わたしが書いたの、先生から聞いた話を元に……」 乃絵は、急に黙ったが、次の言葉は用意している感じだった。眞一郎はそれを待った。 「そして……向き合ってほしいの、ひとりで。あなたのために……そして、湯浅比呂美の ために……」 「え?」 今度は、いきなり、『湯浅比呂美』という名前だ。 眞一郎は、キーワードを頭の中で並べてみた。 ……『西村先生』……『絵』……『手紙』……『湯浅比呂美』…… 西村先生――デザイン部の顧問で、父のヒロシと同期。つまりヒロシの学生時代の友人。 絵と手紙――乃絵が先生から聞いた話が、この手紙に書かれてある。絵の説明も含めて。 湯浅比呂美――比呂美と西村先生の間に直接的な接点はないはず。 比呂美の両親と関係があるというのか? 出生の秘密が本当にあったとか……そう考えると眞一郎の鼓動が高鳴った。 嫌な過去を思い出して顔をしかめた眞一郎は、逃げ出したい気持ちになったが、それを 察知した乃絵は、すぐ先回りして、言葉で釘を刺した。 「逃げないでね」 「待て、どうして比呂美が出てくるんだよ」 眞一郎は、先を見透かしたようなことをいう乃絵に食ってかかったが、乃絵は、 「とにかく、絵を見てからよ。わたしからの大事な話はこれでお終い」 といって、ぴしゃりと終了宣言をした。 「…………」 つまり、スタートラインに立て、ということなのだろうか、と眞一郎は思った。 「ここからは、もう、あなた自身の問題」 「問題って……」 戸惑いを隠せない眞一郎。それもそのはず、比呂美と兄妹かもしれないという疑惑に、 比呂美と共に追い詰められたことのある眞一郎にとって、両親の若かりし頃の話は、ある 種のトラウマになっていた。 急に塞ぎこんでしまった眞一郎。 そんな眞一郎に、このまま話を終わらせるのはまずいと感じた乃絵は、さらに用意して いた言葉を眞一郎に話すことにした。 「いいわ、少しサービスして教えてあげる」 「…………」 眞一郎は、目だけ乃絵に向けた。 「あなたと湯浅比呂美は、もう、恋愛から一歩進んだ関係になりつつある。だから、あな たにとって、湯浅比呂美という存在が、ときには重荷になり、ときには逃げ道になる。だ から今、あなたは、ひとりで、このことを受け止めなくてはいけない。わたしは、そう思 うの。わたしが、ひとりで失恋から立ち直ろうとしたように……」 眞一郎は、乃絵を真っ直ぐに見た。 『恋愛から一歩進んだ関係』 『湯浅比呂美』 『ひとりで』 『失恋から立ち直ろうとしたように』 頭の中で繰り返される乃絵の言葉。 それは、つまり……。 ……『西村先生』+『絵』+『手紙』は、『親父』に関係したこと? ……『湯浅比呂美』は、『結婚』ということ? 眞一郎は、そう直感した。 「いいたいことは、なんとなく分かったよ」 「……うん……」 乃絵は、小さく頷き、優しく微笑んだ。 ――坊波壁の影で。 ここまでの二人のやりとりは、比呂美の位置からでは、まるで分からなかった―― 「ねぇ?」 「ん?」 乃絵は、いつもの無邪気な調子で話を変えた。 「西村先生っておもしろい人だよね」 眞一郎の脳裏に、メガネをかけ、頭が海坊主のようにつるつるに禿げた中年男の像が浮 かび上がった。 「そうか……顧問の先生、一緒だったよな。おまえ、演劇部に入ってんだろ?」 「うん。来月ね、お芝居するの」 「へ~おまえも出るのか?」 「うん」 今年の三月、乃絵は、演劇部に入部した。まだ足は完治していなかったが、西村先生が、 傷心から抜け出せない乃絵を励まそうと画策したのだった。何か打ち込めるものがあれば、 立ち直りも早いだろうと。眞一郎がその話を西村先生から聞いたのは、四月になってから のことだった。それで、また眞一郎と乃絵の接点が、増えることになったが……今のとこ ろ、悪い方には転んでいなかった。 「どんな芝居? たぶん、おれも舞台美術で駆り出されると思うんだけど、まだデザイン 部には大道具の話が来てないな~」 演劇部の舞台セットは、顧問が同じということもあって、デザイン部がほとんど担当し ていた。眞一郎もことあるごとにそれに携わった。 「ようやく脚本が上がったから。……へへ、キスをテーマにした話……」 乃絵は、途中で照れくさそうに笑った。 「キス?」 と眞一郎の声は、裏返った。 「そう、キス」 乃絵はそういうと、目をぱちくりと開いて、眞一郎に一歩近づいた。 眞一郎は、思わず上体を反らし、顔をしかめたが、たった今珍しく照れくさそうに笑っ た乃絵に、ある想像をしてしまった。 「キスって、まさか、するの?」 「そりゃ~するよっ。でもね、女の子同士しか、しないから」 「ええ~」 マジかよ~と眞一郎は、嘆きの声を上げた。女の子同士の恋愛の劇なんかを学校でやっ ていいのかと反対論者のように心配していると、乃絵は、すぐさま、眞一郎の想像を健全 な方へと導いた。 「そのね、そういう話じゃないけど、女の子が男の子役もするの。演じるのは、みんな女 子っていうだけ」 「そりゃそうだろう。下手すれば停学になるぞ」 演劇部に男子部員がいないことを知っていた眞一郎は、まあ、そんなことだろうな、と 吐き捨てるようにいった。 「ねぇ?」 「ん?」 こんど、乃絵の口調は、恋人に話しかけるような甘い調子に変わった。 眞一郎は、すぐ気を引き締めた。 「最初のキスって、どんなだった? 参考までに聞かせて」 乃絵は、眞一郎の両腕をつかんで、顔を近づけた。 「な、なんで、おまえにそんなこと教えなきゃいけないんだよ」 眞一郎はそういうと、すぐ乃絵の両手を振りほどいて冷たくあしらった。 「あら、さっき、あ~んな大事なことを教えてあげたのに、キスの話くらい、いいじゃな い。それだけでもまだ釣り合わないわ」 と、手を広げて目を輝かせる乃絵に、「ええ~そんなバカな」と眞一郎は嘆いた。 不満たっぷりな眞一郎にふてくされた乃絵は、容赦なく、核心に迫った。 「ねぇ~ねぇ~湯浅比呂美とのキスは、どんなだった?」 「あっ……」 乃絵の口からまた『湯浅比呂美』という名前が飛び出してきて、眞一郎の思考は、思わ ず止まってしまった。 眞一郎の最初のキスは、愛子――。乃絵は、自分を踏み台にして比呂美と交際を始めた 眞一郎の初めてのキスの相手は、当然、比呂美――だと思っている。自分に面と向かって、 憎たらしくも「比呂美が好きだ」と告白したのだから、そう思わないと、あの三角関係は なんだったのだ、ということになる。乃絵がそう思い込んでも仕方がなかった。 つまり、眞一郎は、ウソをつくか否かの瀬戸際に立たされたのだ。 眞一郎は、しばらく黙った。口が開けなかった。そして、そのことに、しまった、と思 い、乃絵から顔を背けたが一歩遅かった。。 「なに?」 乃絵は、眞一郎の変な態度に、目を丸くした。 「いや、そ、そうだな~」 眞一郎は、とにかく、比呂美とのキスを思い返すフリを精一杯するが……。 「もしかして……」 乃絵は、もう、眞一郎のウソを感じていた。 「え~と、比呂美とは……」 「湯浅比呂美じゃないの?」 乃絵が眞一郎の言葉をさえぎると、眞一郎は、声を荒げて、 「なに言ってるんだよ、比呂美とだよ」 と乃絵の疑念を吹き飛ばそうとしたが。 「ウソ! 嘘、言わないで!」 乃絵も、叫びした。 乃絵を一度深く傷つけてしまった眞一郎にとって、乃絵のこの言葉は、いわせてはいけ ないものだった。眞一郎は、凍りついた。 「…………」 万事休すだった。 乃絵に見抜かれてしまっては、もう眞一郎にはどうすることもできないのだった。 ――坊波壁の影で。 比呂美には、「ウソ!」という言葉だけ届いた―― やがて、逆に、乃絵の方が思い詰めたような顔になった。 「湯浅比呂美は、知っているの? このこと……」 「……いや」 乃絵は、眞一郎の返事を聞くと、目を固く閉じて、とても切ない表情をし、首を小さく 横に振った。そして、目をゆっくり開いて……。 「それじゃ、あなたとのキスを初めてって思ってるかもしれないってこと?」 「……たぶん」 乃絵の顔が、段々と怒りに満ちてくる。 「あなた、それ、裏切りだわ」 「裏切りって……」 「……どうして、好きな人に、そんな、酷いことができるの?」 この言葉は、もう眞一郎へ向けられていなかった。自分の中で反芻している感じだった。 乃絵の顔は、やがて絶望に変化していって、乃絵は眞一郎に事の真相を問うた。 「だれなの?」 「…………」 眞一郎は、乃絵から顔を背けていた。 その態度に、乃絵は語気を強め、繰り返し問うた。 「だれなの? 初めての相手」 乃絵はそういうと、眞一郎の顔を自分に向かせた。 怒りと絶望が入り交じったような乃絵の顔。その表情は、眞一郎に、木から飛び降りて 骨折した直後の乃絵を思い起こさせた。また、こんな顔をさせるなんて――と眞一郎の胸 はぎゅっと締め付けられ、乃絵からこの表情を取り去るには、自分が正直に話す以外ない と眞一郎は思った。その気持ちが、眞一郎の口を動かした。 「……愛ちゃん」 乃絵は、予想外、といった感じに目を大きく瞬かせた。 「……愛子さん……本当なの?」 「あぁ……」 眞一郎は、首を横にひねり、吐き捨てるように返事をした。 「…………愛子さん、踊りの稽古を見にいったときに、話してくれたことがあったの。眞 一郎のことがずっと好きだったって……それで…………」 「…………」 眞一郎は、――もう、その頃は、キスしたあとだったんだよ――といいかけたが止めた。 「仲上君、あなた、愛子さんの気持ち知ってたの?」 「……いきなり……キスされて……知ったんだ」 「いきなり?」 乃絵は、眉間にしわを寄せ、首を少し傾げた。 「……乃絵が好きだ、とおまえに告白した日、帰りに愛ちゃんの店に寄って、そこで…… 乃絵と付き合うことになったっていったら、急に……」 「こんな風にされたんだ……」 乃絵はそういうと、眞一郎に体を寄せて胸の高さまであるコンクリートの壁に眞一郎を 押し付け、眞一郎の頭の後ろに両手を回した。 「あっ、おまえっ!」 眞一郎はもう仰け反ることもできず、眞一郎の唇は、すぐに乃絵の唇に捕らえられた。 乃絵の腕にさらに力がこもり、眞一郎は、自分に顔を合わせている乃絵を簡単に引き剥 がすことができなかった。 ――坊波壁の影で。 比呂美には、これが、キスをしている光景にしか見えなかった―― 「おまえ、なにすんだよ!」 乃絵の力が緩まると、眞一郎は乃絵を軽く突き飛ばして、物凄い形相で睨みつけた。 「あなたに、そんな顔をする資格はないわ。でも、今のキスで許してあげる。忘れなさい。 それから、湯浅比呂美にちゃんと話、することね」 乃絵は、眞一郎の表情など物ともせず、眞一郎にそう忠告した。 「…………」 眞一郎の激昂は治まる気配を見せなかった。 再び乃絵にウソをつこうとしたり、乃絵との交際をスタートさせた直後に別の女の子と キスをしたりと、乃絵に対して怒るというよりもむしろ罪悪感を感じなければいけないと いうのに、乃絵とのキスに未だ自分に対する執着みたいなものを感じた眞一郎は、乃絵の 行為を簡単に受け入れることができなかった。 眞一郎の態度に一歩も引く気を見せない乃絵は、さらに眞一郎を追い詰める言葉を浴び せた。 「湯浅比呂美は、一生、許さないかもね。……あの子は、そういう女よ……」 乃絵は、そういい放つと、じゃ、と短く発して、道路の方へ駆け出した。 眞一郎は、乃絵の浴びせた言葉に、一歩も動くことができなかった。 この言葉が、心深くに刺さってしまって。 ……一生、許さない…… 乃絵から渡された手紙は、眞一郎の手の中でくしゃくしゃに握りつぶされていた。 乃絵の足音は、徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。 眞一郎は、その場に立ちつくし、漆黒の海に、愛子、比呂美、乃絵とのキスを映し出し た。 愛子の店で、カウンターに押し付けられて、キスをされる自分。 あの砂浜で、比呂美の吸い込まれるような瞳に体を縛られ、キスをされる自分。 そして、この防波堤で、自らの罪の罰として、キスをされる自分。 自分を想ってくれたこの三人の女性との初めてのキスは、すべて、奪われたものになっ てしまったのだ。 滑稽だった、自分というものが……。 一度あることは、二度ある? 三度あったら、なに? 「くっそー、キスの、呪いか?」 眞一郎は、顔を天へ向け、自分の男としての不甲斐なさを嘆いた。 ▼ファーストキス-4